旭川地方裁判所 昭和40年(ワ)11号 判決 1967年10月16日
原告 福井只雪
被告 国
訴訟代理人 斎藤祐三 外二名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 <省略>
理由
一、原告主張の請求原因一、二の各事実は当事者間に争いがない。
二、まず、本件仮処分記入登記抹消の違法性の有無を検討するに、滞納処分にもとづく差押の登記前になされた仮処分に対する右滞納処分の影響の有無については、旧国税徴収法一九条(現行国税徴収法一四〇条も同趣旨)の「滞納処分ハ裁判上ノ仮差押又ハ仮処分ノ為ニ其ノ執行ヲ妨ケラルルコトナシ」との規定の解釈をめぐつて、大別すると、滞納処分により仮処分が失効するとする説と、滞納処分にかかわらず仮処分はその効力を維持するとする説とが対立している。右旧国税徴収法一九条の規定が国に対し粗税徴収権の行使として暫定的な保全処分の存在にかかわりなく滞納処分をすることができるとしたことは明らかであるが、文理上、両者の優劣を規定したものとは解し難く、たとえ国税徴収が重要であるにしても明確な法的根拠なく保全処分権利者たる第三者の地位を侵害することはできないとすべきであるから、右規定は保全処分の効力について実質上の問題を規定したものと解することはできない。したがつて、保全処分は滞納処分によつて当然に失効せず、仮処分の後に滞納処分による公売の結果所有権取得者が現われたとしても、仮処分権利者がその後本案訴訟において勝訴の判決を得れば右取得者はその所有権をもつて仮処分権利者に対抗できないこととなるのである。このように、滞納処分が行われても先行の仮処分はその効力を維持しているのであるから、右仮処分記入登記は右滞納処分による公売落札が決定しても、これを抹消することはできないと解すべきである。本件の場合、前示請求原因一、二のとおり、訴外富永ミツエが別紙第一目録<省略>記載の土地につき昭和二七年五月三一日滞納処分による差押登記を受けた前、すでに昭和二五年四月二七日訴外日比タケノが本件仮処分記入登記を受けていたのに、旭川地方法務局名寄支局の登記官吏は右滞納処分による公売落札により訴外富永義吉のため昭和二七年七月一八日その旨所有権移転登記をする際、右滞納処分に先行する本件仮処分記入登記を職権で抹消したのであるから、右抹消は、これを違法とする何らの根拠はなく、違法とするのほかない。
三、そこで、右登記官吏につき故意過失の有無を判断する。前示請求原因二の事実、(証拠省路)弁論の全趣旨を総合すると、右登記官吏は、昭和二七年七月一八日別紙第一目録記載(二)の土地につき、訴外富永義吉のため所有権移転登記をした際、別紙第一記載の昭和一二年一月二七日司法省民事局長回答にもとづく従来の取扱例にしたがい、同時に職権で滞処納分による差押登記と本件仮処分記入登記とを抹消したことが認められ、これを左右する証拠はない。そして、当時、法務省民事局長も、右司法省民事局長回答を維持し、後に別紙第二記載の昭和三四年三月三日法務省民事局長回答ならびに通達をもつて先の回答を改めたことは当事者間に争いがない。ところで、右のように当該登記官吏が右司法省民事局長回答にもとづく従来の取扱例にしたがつて本件仮処分記入登記抹消をしたことが、前記のとおり違法であるにしても、当該登記官吏が職務上要求される法律知識、経験法則にもとづいて、右取扱例にしたがうことが違法であると判断することは到底期待できないから、登記官吏につき違法性認識の可能性もなかつたというほかなく、したがつて故意又は過失を認めることはできない。
四、つぎに、法務省民事局長につき故意過失の有無を判断する。前記のとおり同局長は、本件仮処分記入登記抹消当時、前記司法省法務局長回答を維持していたのであるが、保全処分と滞納処分の競合の問題に関しては、被告の指摘する大審院昭和一六年三月二六日判決があつたとはいえ、今日なお学説行政実務上見解が激しく対立し、容易にその解決を期待することの出来ない状態にあるので、当時、法務省民事局長にも違法性認識の可能性はなかつたというべきであり、したがつて故意又は過失を認めることはできない。
五、また原告は登記事務を担当する国家機関の公務運営上の瑕疵として国の賠償責任を主張するが、国家賠償一条は、公務員の故意過失による違法な加害行為によつて生じた損害につき国の代位責任を規定したものであつて、国の自己責任ないし無過失責任を規定したものではないから、登記官吏ないし法務省民事局長に故意過失を認めることのできない本件においては、右主張は失当というほかない。
六、以上のとおり、本件仮処分記入登記抹消につき登記官吏ないし法務省民事局長について不法行為の成立が認められないので、その余の判断をするまでもなく、原告の請求は失当であるから、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 平田孝 安国種彦 鷲岡康雄)
別紙第一
昭和一二年一月二七日 民事甲第一二号民事局長回答
(一二年一月六日 岡山県知事照会)
仮処分登記抹消ニ関スル件
仮処分ノ登記アル不動産ヲ県税徴収ノ為国税徴収法第一九条ニ依リ差押ヲ為シ該不動産ヲ公売処分ニ附シ所有権移転登記ヲ了セリ不働産登記法第一四八条ニ依リ其ノ権利ヲ目的トセル先取特権質権又ハ抵当権ノ登記ハ抹消セラルルモ仮処分ノ登記ノミハ規定ナキ故ヲ以テ抹消セラレス随テ此ハ権利者(新所有者)ヨリ民事訴訟法ニ依リ取消ヲ申請スヘキ筋合ノモノナリヤ差掛リタル義ニ有之至急何分ノ御回示相煩度
(回答)
別紙岡山県知事ノ照会ニ係ル標記ノ件公売処分ニ因ル権利移転ノ登記ヲ為シタルトキハ登記官吏ハ職権ヲ以テ民事訴訟法ニ依ル仮処分ノ登記ノ抹消ヲ為スヘキモノト思考致候ニ付テハ貴官ヨリ右知事ニ対シ可然御通知相成度侯
追テ登記官吏ハ右ノ場合直ニ仮処分ノ記入ヲ嘱託シタル裁判所ニ対シ右抹消ヲ為シタル旨通知スルヲ相当ト思考致候ニ付貴管下登記官吏ヘ此ノ旨御通牒相成度申添候
別紙第二
仮処分登記の職権抹消について
(昭和三四年三月三日付登第三三号東京法務局長照会同年四月四日付民事甲第五五六号民事局長回答並びに各法務局長及び地方法務局長あて通達)
標記に関し、別紙甲号のとおり東京法務局長から問合せがあり別紙乙号のとおり回答したのでこの旨貴管下登記官吏に周知方しかるべく取り計らわれたい。
(別紙甲号)
仮処分の登記ある不動産について、滞納処分の公売による所有権移転登記をしたときは、職権で仮処分登記を抹消し、その旨嘱託裁判所に通知するのが相当である旨の先例(昭和一二年一月二七日民事甲第二一号民事局長回答)がありますが、仮処分の性質上その登記は、登記官吏が職権をもつて抹消すべきでないとの反対意見もありますので右の先例は、いまもなお維持されるべきものであるかどうか何分の御垂示賜りたく、お伺いいたします。
(別紙乙号)
本年三号三日付登第三三号で間合せのあつた標記の件については滞納処分による差押の登記の前に登記された仮処分の記入の登記は登記官吏において職権で抹消すべきものでないと考える。
追つて、所問で引用の昭和一二年一月二七日民事甲第一二号本職回答は、右によつて変更されたものと了知されたい。